トラウマやつらい記憶と向き合い、苦痛を軽減する治療法が「EMDR」です。
人は心が耐えられないほどつらい体験をすると、そのときの感情や感覚を「トラウマ」として脳の中に閉じ込めてしまいます。
トラウマ記憶がよみがえると嫌な出来事を再体験しているような苦痛を感じるため、治療して軽減する必要があるのです。
今回は、EMDRの効果や受けられる人・受けられない人、進め方などについて解説します。
記事の最後では「EMDRは自分でできる?」「危険な治療なの?」という疑問にも答えているので、ぜひ最後まで目を通してくださいね。
この記事を通してEMDRが効果が実証された負担の少ない心理療法であることを知り、苦痛を軽減するための一歩をふみだしましょう。
この記事の内容
EMDRとは
EMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing:眼球運動による脱感作と再処理法)は、トラウマや嫌な人生経験による苦痛を軽減する心理療法です。
左右交互の刺激を与える手法が特徴的な心理療法で、その例として「治療者が動かす指を目で追い眼球を左右に動かす」「手のひらを左右交互にタッピングする」などの方法が挙げられます。[1]
EMDRでは過去のつらい経験をイメージする必要がありますが、他の心理療法のようにつらい経験の詳細を言葉にして説明する必要はありません。
そのため、患者が大きな負担を感じることなく受けられる治療です。
EMDRはPTSD(心的外傷後ストレス障害)にもっとも効果的とされていますが、不安障害や死別によるストレスなどにも効果があるとされています。[2]
EMDRの効果
EMDRは嫌な記憶による不快な気持ちを減らし、心と身体を落ち着かせる治療です。
精神療法の中でもっとも効果的といわれ、その効果は薬物療法と同じくらいとされています。[2]
認知行動療法(ものの考え方やとらえ方を変えて気持ちを楽にする心理療法[3])と同等の効果をあげるために約1/3の期間で済むとされており、短期間で効果が感じられる点も特徴です。[4]
EMDRの効果を具体例とともにみてみましょう。
たとえば「性被害を受けた自分が悪い」という思いを抱えている女性では、EMDRにより「自分は何も悪くない。被害を加える相手が悪い」「自分は汚れた身体ではない」という思いを持ち、自分を責める気持ちから解放されます。
このように、過去のつらい体験による誤った認識(例:被害を受けた自分が悪いと思い込む)を修正できるため、未来に向かって再び歩き出せるようになるのです。
同じできごとでも、見方を変えることが大切です
EMDRを受けられる人・受けられない人
EMDRは患者の負担が少なく効果が期待できる治療法ですが、患者の状態によっては受けられない場合があります。
以下では、EMDRを「受けられる人」と「受けられない人」の特徴を見てみましょう。
EMDRを受けられる人
過去のつらい記憶に繰り返し苦しめられており、医師が必要だと判断した人であればEMDRを受けられます。
具体例は以下のとおりです。[5]
- トラウマ体験からPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症した人
- つらい経験が原因のうつ病や不安障害などの病気に苦しんでいる人
- 友人関係や職場の人間関係のトラブルにより社会に恐怖感がある人
EMDRの治療では嫌な記憶を思い出す必要があるため、ある程度症状が落ち着いていて嫌な記憶に耐えられる状態であることも重要視されます。
EMDRを受けられない人
EMDRを受けられない人の特徴は以下のとおりです。
- 現在いじめやDVなどの被害に遭っている人
- 医師が「今は治療に耐えられない」と判断した人
- EMDRによって不調となり自他を傷つけるリスクがある人
EMDRを受けるためには治療に耐えられる心身の余裕が必要なため、まずは病状を安定させる必要があります。
現在いじめやDVなどの被害にあっている方は危険な環境から距離を置き、身を守ることを最優先しましょう。
今の心の平穏が最優先です💦
EMDR治療の流れ
EMDRの治療は以下の8段階で行われます。[1]
自分が治療を受けるときのイメージに役立ててくださいね。
■第1段階
現在の症状や育ってきた背景、家族の背景などを確認しながら治療の見通しを立てる
■第2段階
トラウマやEMDR について学び、トラウマ反応が出たときの対処法を身につける
■第3段階
治療者の質問に答えながらトラウマ記憶を思い出し、現在どの程度の症状(恐怖や緊張など)が出ているか確認する
■第4段階
以下のような刺激を与えてトラウマの処理し、苦痛を軽減する
- 耳元近くで小さな音を左右交互に聞く
- 治療者の指を目で追い、眼球を左右に動かす
- 手のひらや手の甲、膝あたりを左右交互にタッピングする
■第5段階
嫌な気持ちがどの程度軽減したか、トラウマに対する新しい気づき(「自分が悪いわけではなかった」「自分もよく頑張った」など)があるか確認する
■第6段階
身体にトラウマに関する嫌な感覚(緊張や不快感など)が残っていないか確認する
嫌な感覚が残っていれば、もう一度トラウマを処理する
■第7段階
深呼吸をはじめとしたリラクセーションを行い治療を終わる
次の治療までに出やすい反応について説明を受ける
■第8段階(次回の治療時)
苦痛を引き起こしていた記憶を思い出し、以前のように苦痛を感じるかを確認する
EMDRにより症状が改善した例
EMDRにより症状が改善した例として、大学3年生のAさんのケースを紹介します。[2]
■Aさん(大学3年生・女子)
2日前に目の前で歩行者が車にひかれる交通事故を目撃し、数年前に自分が被害に遭った(額を17針縫った)交通事故の記憶を思い出すようになった。
事故以来、車の音や救急車のサイレン、ちょっとした「ガシャッ」という音が怖く、動悸も激しい。
眼球を左右に動かして嫌な記憶や感覚を処理したあと、Aさんは以下のような変化を実感した。
・音に対する過敏さが消え、事故現場を毎日通っても嫌な感じがしなくなった
・事故を思い出すのが怖くなくなり「自分がひかれなくてよかった」と思えるようになった
・友人と撮った「眼帯が取れたときのお祝い写真」など、事故関連のよい記憶を思い出した
治療前は事故の記憶はネガティブなもので満たされていたが、治療後はポジティブな要素(友人と写真を撮った記憶や「自分がひかれなくてよかった」という気持ち)に気付いて苦痛を軽減できた。
Q1:EMDRは自分でできる?
EMDRは自分でできる治療ではありません。
EMDRは過去の嫌な経験を思い出す必要があるため、気持ちがつらくなったときの対処法を身につけたり、治療後のリラクセーションを実施したりする必要があります。
嫌な経験を思い出したあとに適切なケアができないと心身に大きな負担がかかってしまうため、必ず正しい知識と経験を持つ専門家のもとで治療を受けましょう。
専門家を探す際は日本EMDR学会の「EMDR治療者リスト」を参考にしてください。
Q2:EMDRは危険な治療?
「トラウマを思い出す」と聞くと怖いイメージを持つかもしれませんが、EMDRは危険な治療ではありません。
PTSDやその他の病気に対する効果が実証されており、適切な訓練を受けた専門家のもとであれば決して危険な治療ではないのです。
WHO(世界保健機構)によっても「EMDRは患者の負担が比較的少ないトラウマ治療である」と発表されています。
EMDRはイメージをメインにした治療であり、嫌な経験の詳細を語ったり質問したりされないため患者は大きな負担を感じづらいのです。
もし治療中につらさを感じたときは、ムリして続ける必要はありません。
体調に合わせて中断の相談ができるため、安心して治療を受けてください。[6]
まとめ
EMDRとは、心を苦しめる嫌な記憶と向き合い苦痛を軽減する治療法です。
眼球を左右に動かしたり両手のひらを交互にタッピングしたりして、左右交互に刺激を与える手法を特徴としています。
他の心理療法では嫌な記憶を言葉にして治療者に伝える必要がありますが、EMDRはイメージを利用した治療のため大きな負担がありません。
ただ、適切な対処法やリラクセーションなどのケアがないと、心身の負担は大きくなってしまいます。
日本EMDR学会の「EMDR治療者リスト」を参考にして必ず専門家のもとで治療を受け、見よう見まねや独学でEMDRをしないようにしましょう。
【参考資料】
[1]眼球運動が自伝的記憶の想起に与える影響
https://core.ac.uk/download/pdf/92197612.pdf
[2]EMDRの効果と限界
http://msyichii.sunnyday.jp/index/wp-content/uploads/2019/03/2001_%E7%AC%AC2%E5%9B%9E.pdf
[3]認知行動療法センター
https://cbt.ncnp.go.jp/contents/about.php
[4]認知行動療法と心的外傷からの回復
https://www.jahbs.info/journal/pdf/vol34_1/vol34_1_1_5.pdf
[5]EMDR一PTSD に効果的な心理療法
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpm/52/9/52_KJ00008194967/_pdf/-char/ja
[6]日本EMDR学会
- この記事の執筆者
- とだ ゆず
メンタルヘルスの記事を中心に執筆する看護師・保健師ライター。 精神科勤務での患者さんとの関わりや自身のうつ病経験から「人の心についてもっと知りたい」と思い、上級心理カウンセラーの資格を取得。 エビデンスに基づいた読者の心に寄り添う記事を心がけている。