解離性同一性障害は「多重人格」とも言われ、ひとりの中に複数の人格が生まれる疾患です。
家族や友人から「多重人格かもしれない」と相談を受けて戸惑った方もいるかもしれません。
テレビや本をきっかけに「多重人格って本当にいるの?」と疑問をお持ちの方もいるでしょう。
そこで今回は、解離性同一性障害の実例を紹介します。
今回紹介する症例はいずれも論文発表されたもので、本人のプライバシーに配慮し改変が加えられています。
性格の多面性の違いや心身に及ぼす影響についても解説しているので、ぜひ最後まで目を通してくださいね。
解離性同一性障害は思い込みなのかどうかを詳しく知りたい方は、下記の記事をご覧ください。
この記事の内容
解離性同一性障害の実例①:結婚後に発症したAさん29歳
ひとつめの実例は、結婚後に解離性同一性障害を発症したAさん(29歳 女性)です。[1]
以下では、発症までのエピソード、治療の経過を紹介します。
発症までのエピソード
23歳で結婚し、夫の両親と同居している。
ある日、義両親への不満を訴えていた最中に、突然夫を怒鳴りつけ殴りかかった。
その後、頭痛を訴え本来の穏やかな性格に戻ったが、一連の記憶はない。
その後も義両親との別居を求めて暴力を振るい、頭痛後に本来の性格に戻る状態が続いた。
ある時期から夫の会社に電話し「○○を買ってほしい」「仕事を休んで一緒に遊んで」と訴える行動が頻発した。
暴力行為、電話のいずれも記憶は残されていない。
しばらくして夫から離婚の申し入れがあり、それを機に結婚以降のことがまったく思い出せなくなった。
その後も気づくと手首を切っていたり、夫の会社に「30分以内に来ないと子どもを殺す」と強迫電話をしたりした。
義実家に押し入ってガラス窓を割ったり、車で電柱に衝突するなどの破壊的な行為がみられたため入院治療を開始。
入院時は険しい顔で「私に名前はない。○○(自分の名前)は殺した」と話した。
治療の経過
入院後のAさんは、結婚後のことに加え入院に至った経緯もまったく思い出せなかった。
「私は主人との結婚生活に幸せを感じていたはずなのに、離婚と言われ驚いている。なぜなのかわからない」と訴えた。
本人とは異なる筆跡で日記に「夫が浮気をしている」と記載されていたが、「自分が書いたなんて信じられない」と不安そうな様子を見せた。
治療においては患者の安全を確保し、主体的に意思決定ができる機会を確保した。
また、夫との面会で離婚の可能性に直面させるなどして、結婚後の記憶を少しずつ取り戻すことができた。
その後、Aさん自身が離婚を決意できるようになり、人格状態は安定を取り戻した。
安心できる環境を整えることも大切ですね
解離性同一性障害の実例②:幻聴の治療時に発覚したBさん20歳
ふたつめの実例は、幻聴の治療時に解離性同一性障害を発症したBさん(20歳 女性)です。[2]
以下では、発症までのエピソード、治療の経過を紹介します。
発症までのエピソード
幻聴のため精神科で治療を受けている。
治療中に「自分の悪口を言うCさん」という別人格の存在が明らかとなり、幻聴は解離性同一性障害によるものだと判明した。
他にも「自傷行為をするDさん」「テキパキと仕事をするEさん」という人格がいる。
ある日、Bさんが遁走(行方不明)するという出来事があった。
その際、声をかけてきた男性について行き、胸を触るなどの性的接触があった時点で逃げてきたという。
この遁走にも「自分の悪口を言うCさん」が関わっているようだった。
治療の経過
心理療法により、すべての人格が平和共存する方向を目指すことになった。
治療が進むにつれ「自分の悪口を言うCさん」は、Bさんに恋愛感情を抱いているとわかった。
そのため、イメージの中でCさんを抱きしめ「主人格が他の男性と交際しても、Cさんは一番大切な姉妹。お互いに尊重しよう」と伝えた。
「自傷行為をするDさん」の活動は落ち着き自傷行為は見られなくなった。
「テキパキと仕事をするEさん」に関しては、仕事の際に「よろしく」と声をかけ、スムーズに仕事ができるよう協力してもらうことにした。
こうして人格の統合が進み、日常生活における幻聴や自傷行為はなくなった。
また、主人格は以前よりも言いたいことを口に出せるようになり、それぞれの人格のよい部分を残して症状が落ち着く形となった。
お互いを認め合い共存できて、落ち着いついてきましたね
現代社会に特有の解離性同一性障害の例
現代社会の特徴的な例として、ネットと現実世界の分離がうまくできないケースが挙げられます。
ネットの中で作り上げた自分が、現実社会にも影響を及ぼしてしまうのです。
例として、オンラインゲームやSNSでの注目を現実でも得ようとするパターンがあります。
ネットの世界の「自分は経済的に裕福である」という設定が現実世界にまで侵入し、消費者金融からお金を借りて高級な腕時計や車を買ってしまう症例もありました。
このケースでは現実的に返済能力はないため、経済的に破綻して周囲を巻き込む大問題となりました。
ネットの世界と現実世界がごちゃ混ぜになってるんですね💦
上記は厳密には解離性同一性障害とは異なりますが、パーソナリティ障害のような側面と解離性障害のような側面を持ち合わせています。
現代社会では、このような若い世代の方が増え問題となりつつあります。[3]
解離性同一性障害の方との接し方で悩んでいる方は、下記の記事もご覧ください。
性格の多面性と解離性同一性障害の違い
性格の多面性と解離性同一性障害の違いは「日常生活に支障があるか」です。
人は誰でも性格の多面性を持っています。
たとえば反抗期に入った中学生のAさんは「親の前での反抗的な自分」と「友人の前での気さくな自分」を無意識に使い分けるでしょう。
会社で有名な「気難しいB部長」は、自宅では赤ちゃん言葉で飼い猫に話しかけているかもしれません。
このように、人は誰でも無意識のうちに性格を使い分けているのです。
しかし、記憶の分断はなく自己の同一性(自分が自分であるという感覚)が保たれています。
一方で、解離性同一性障害の方は自分の中にいくつもの「人格」が存在しています。
表に出る人格は自分でコントロールできず、人格が交代している間の記憶も引き継がれません。
その結果、記憶が途切れ途切れになり、周囲から嘘つきと言われたり自分の中に混乱が生じたりします。
日常生活に影響がなければ性格の多面性なんですね
知らないはずの人から親しげに話しかけられたり、買った記憶のないものが部屋にあったりするなど、日常生活の安心感も脅かされることもあるでしょう。
性格の多面性は日常生活を乗り切るための手段のひとつですが、解離性同一性障害は日常生活に支障をきたし、学校や仕事、人間関係などを奪うこともあるのです。
解離性同一性障害が心身に与えるリスク
解離性同一性障害は、自分が自分である感覚である「同一性」に支障をきたす病気です。
同一性に混乱が生じると、自分自身をコントロールできません。
攻撃的な人格が暴言を吐いたり暴力を振るったりして、周囲とトラブルになることがあります。
その結果、孤立が深まってうつなどの精神疾患を患うリスクもあるでしょう。
また自己破壊的な行動を取る人格が生まれる場合もあり、自傷行為がエスカレートして取り返しのつかない事故につながる可能性もあります。
自分をコントロールできず同一性が脅かされると、生きていく上での安心感が奪われます。
その結果、仕事や人間関係に支障をきたしたり、心身の健康に重大な問題を与えたりします。
解離性同一性障害が治るのか気になる方は、下記の記事もご覧ください。
まとめ
今回は解離性同一性障害の実例を紹介しました。
人によっては「別世界の話」と感じる方もいるかもしれません。
しかし、患者さんは大きな精神的苦痛を克服するために病気と闘っています。
もし身近に解離性同一性障害の方が現れても、興味本位での詮索は避けてください。
現在闘病中の方やその家族の方も、あきらめずに病気と向き合っていきましょう。
解離性同一性障害は治療を続ければ、少しずつ症状が落ち着いていく病気です。
今回紹介した実例のように、今までよりも穏やかに生きられる未来が待っています。
今回紹介した実例が、闘病中の方や周囲でサポートする方の希望につながれば幸いです。
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参考文献
[1] 解離性障害|症例
https://www.jstage.jst.go.jp/article/islis/18/2/18_KJ00001512890/_pdf/-char/ja
[2] 自我状態療法―多重人格のための精神療法|症例
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjh/73/1/73_62/_pdf/-char/ja
[3] ネット時代の精神病理
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kokoronokenkou1986/22/2/22_2_4/_pdf/-char/ja
- この記事の執筆者
- とだ ゆず
メンタルヘルスの記事を中心に執筆する看護師・保健師ライター。 精神科勤務での患者さんとの関わりや自身のうつ病経験から「人の心についてもっと知りたい」と思い、上級心理カウンセラーの資格を取得。 エビデンスに基づいた読者の心に寄り添う記事を心がけている。