「トラウマ」と「PTSD」という言葉は似た意味で使われますが、実は明確な違いがあります。
トラウマは生命の危険に遭う体験ですが、PTSDはトラウマをきっかけに発症する病気です。この違いを知れば、あなたの心の状態をより正確に理解できるようになります。さらに、トラウマやPTSDによる心の負担を和らげる助けとなるのです。
この記事では、トラウマとPTSDの違いやトラウマとPTSDを治療する方法を解説します。つらい経験から回復するために、具体的な道筋を探していきましょう。
トラウマとPTSDの違い
トラウマとPTSDは関連していますが、実は明確な違いがあります。ここでは、3つの観点から違いを解説します。
それぞれについて見ていきましょう。
概念
トラウマとは、生命や存在に強い衝撃をもたらす出来事の体験です。具体的には、次のような体験があります。[1]
- 地震
- 災害
- 事故
- 戦争被害
- 性的被害
トラウマは出来事そのものであり、誰でも体験する可能性があるのです。
一方でPTSDは出来事を体験した後、その体験の記憶が自分の意志とは関係なくフラッシュバックされたり、悪夢を見たりすることが続く病気です。そして、不安や緊張が高まったり、つらさのあまり現実感がなくなったりすることもあります。[2]
つまり、PTSDはトラウマ体験の後に生じる病気という位置づけになるのです。

トラウマは「衝撃的な体験」
PTSDは「病気」ですね!
症状
トラウマを体験した人には、さまざまな症状があらわれます。[1]
- トラウマの症状
- ・行動の変化:引きこもり、過度の警戒
・感情・思考の変化:恐怖、不安、自責感
・身体の変化:睡眠障害、食欲不振、動悸
トラウマの症状は、極度の危険に巻き込まれた人ならば誰にでも生じるものです。
一方で、PTSDの症状には次の4つがあります。[3]
- PTSDの症状
- ・侵入症状:フラッシュバックしたり、悪夢に出たりする
・回避症状:トラウマを思い出す状況や会話を避ける
・認知と気分の陰性の変化:自分を責める、孤立感を感じる
・覚醒度と反応性の著しい変化:睡眠障害、集中困難などが見られる
たとえば、交通事故の被害者がクラクションの音を聞くだけで、極度の不安に襲われるのです。
トラウマよりもPTSDの方が、当時の体験や感情を思い出す傾向にあります。
フラッシュバックと思い出すことの違いは以下の記事で詳しく解説しています。合わせてご覧ください。
期間
トラウマを体験した後は、一過性ではあるものの長期間その体験に囚われます。時間の経過とともに回復しますが、回復する期間には個人差があるのです。
対してPTSDでは症状が1ヶ月以上続きます。[1][3]たとえば、仕事に行けない、家族との関係が維持できないなど、日常生活に明らかな影響が出ているときは治療が必要です。
あなたがトラウマかPTSDのどちらか悩んだら、1ヶ月以上症状が続いているかを判断基準にしてみてください。
PTSDを発症しやすいトラウマ体験
PTSDを発症しやすいトラウマ体験には、大きく分けて次の4つがあります。
- 自然災害:地震、津波、火災
- 社会的不安:戦争、テロ、暴動
- 喪失体験:突然の死別、家や財産の喪失
- 生命の危機に関わる体験:交通事故、暴力被害、性的被害
共通するのは、予測できない強い恐怖を感じる点です。たとえば、交通事故は突然起こり、死の恐怖を避けられない体験となります。
しかし、受け止め方や対処できる力には個人差があるため、すべての人がトラウマからPTSDにつながるわけではないのです。

同じ体験をしても、なる人とならない人がいます
トラウマやPTSDを治療する方法
トラウマとPTSDを治療する方法は、おもに次の3つがあります。
トラウマやPTSDの症状に苦しんでいる方にとって、適切な治療を受けることは回復への第一歩となります。それぞれの治療法について見ていきましょう。
薬物療法
薬物療法は、トラウマやPTSDの症状を和らげるのに有効です。
とくに、抗うつ薬の選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は、再発予防に効果があるとされています。[4]個人差はありますが、薬の効果が現れるまでに少なくとも1~2週間かかります。[5]薬を服用し続けることで、症状が改善していくのです。
一方、抗不安薬は不安をやわらげる効果がありますが、PTSDの長期的な治療には効果がないとされています。[2]さらに、服用を続けることで依存が生じるため、注意が必要です。
たとえば、医師の指示なく自己判断で服用量を増やしたり、突然服用をやめたりすることは危険です。薬物療法を始める際は、必ず医師の指示に従って服用しましょう。

治療法で悩んだら先生に相談しましょう
認知処理療法
認知処理療法は、トラウマの症状に効果的な心理療法です。[6]
12回の個人セッション(1回50分)か、集団セッション(1回90分)のどちらかで実施されます。治療では、まずPTSDとは何かを学び、トラウマについての考え方を見直すのです。
たとえば、事故に遭った人が「自分だけが生き残ってしまった」と考えていたら、その考え方を修正するのです。
認知処理療法では、トラウマやPTSDの回復を妨げている原因は何かを一緒に探ります。
持続エクスポージャー療法
持続エクスポージャー療法(PE)は、PTSDに対する心理療法の中で最も治療効果があると、多くの研究によって実証されています。[7]
週に1~2回の頻度で10~15セッション行われ、1回のセッションは90分程度です。内容は次の4つから構成されています。[8]
- 心理教育
- 呼吸再調整法
- 現実エクスポージャー
- 想像エクスポージャー
まずPTSDの仕組みについて学び、自分を落ち着かせるための呼吸法を練習します。そして、実際の生活で避けていた場所や状況に少しずつ向き合います。さらに、安全な環境でトラウマを思い出し、言葉にする練習をするのです。
持続エクスポージャー療法は、段階的にトラウマと向き合うことで、症状をやわらげます。
トラウマを和らげるセルフケア
トラウマをやわらげるためには、専門家による治療とともに日常的なセルフケアも大切です。具体的には、呼吸法と瞑想の2つがあります。
呼吸法は意識的にゆっくり繰り返すと、緊張や不安をやわらげることができます。次のステップに沿って、試してみてください。[9]
- お腹に手を当てる
- 息を吐く
- 鼻からゆっくりと息を4秒かけて吸う
- 息を十分に吸い込んだら、いったん息を止める
- 口からゆっくりと息を8秒かけて吐く
- 3~5を3~5分繰り返す
また、瞑想もトラウマの緩和に役立つとされています。とくに、思いやりの気持ちを育む「慈悲の瞑想」が日本のPTSD患者の症状改善に有効であると明らかにされているのです。[10]
トラウマをやわらげるために、呼吸法や瞑想を試してみてください。
まとめ
トラウマは衝撃的な体験であるのに対し、PTSDはトラウマ体験後に発症しやすい病気です。
PTSDを発症しやすいトラウマ体験は、自然災害や喪失体験などが挙げられます。トラウマやPTSDの治療には、薬物療法や認知処理療法などがあります。また、日常生活では呼吸法や瞑想などのセルフケアも、トラウマの緩和に役立つのです。
もしあなたや身近な人がトラウマやPTSDの症状に苦しんでいたら、ひとりで抱え込まずに専門家に相談しましょう。
おおかみこころのクリニックでは、休日・夜間診療を行っています。夜22時まで診察しているため、日中に行けない人も受診しやすい環境です。トラウマやPTSDの症状かもしれないと思ったら、気軽に相談に来てください。
24時間予約受付中
おおかみこころのクリニック
【参考文献】
[1]第2章 心のケア 各論|文部科学省
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/clarinet/002/003/010/005.htm
[2]PTSD|こころの情報サイト
https://kokoro.ncnp.go.jp/disease.php?@uid=iGkwv4PNzgWhQ9xI
[3]PTSDとは | 日本トラウマティック・ストレス学会
https://www.jstss.org/ptsd
[4]心的外傷後ストレス症候群(PTSD)の神経機序と治療戦略,福永浩司,矢吹悌,高畑伊吹,松尾和哉
https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/152/4/152_194/_pdf
[5]精神科薬物療法|慶應義塾大学病院 KOMPAS
https://kompas.hosp.keio.ac.jp/contents/000828.html
[6]PTSDに対する認知処理療法|認知行動療法センター
https://cbt.ncnp.go.jp/research_top_detail.php?@uid=DUYtVMLdhMHSQDeU
[7]PTSDに対する持続エクスポージャー法
https://www.ncnp.go.jp/mental-health/docs/nimh55_89-94.pdf
[8]PTSDに対する持続エクスポージャー法,石丸径一郎・金吉晴
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/0000115165.pdf
[9]こころの耳 5分研修シリーズ|こころの耳
https://kokoro.mhlw.go.jp/fivemin
[10]PTSDに対する慈悲とマインドフルネス瞑想プログラムの効果検証|KAKEN
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-21K03099